正当防衛だと思ってやった。反省している。『正当防衛だと思ってやった。反省している。』何度注意してもきかない、寺子屋に通う少年がいた。 幾回姿勢良くするよう勧告したか。それでもその少年は私を無視し続けた。 その生徒が花屋の娘をいじめている場面を、目撃した。 すぐさま割って入り、その少年を叱った。 するとどうだ。少年は私の注意に逆上し、支離滅裂な論理を立てて口答えしてきた。 ましてその少年は私を睨みつけ、今すぐにでも殴りかかってきそうであった。 さすがの私も、堪忍袋の尾が切れた。口でわからないなら、こうする他致し方あるまい。 私はすかさず少年の胸へ頭付きをしてやった。さすがに応えるだろう。 男子生徒はその場に転がって、咳き込み続ける。 当たり所が悪かったのか、少年は私と娘に侘びを入れることなく苦しそうにもがいていた。 泣かせてでも謝らせるつもりが、少年に怪我をさせてしまった。 そのとき、少年の友達と思われる数人の少年少女が少年を介抱。 彼らは、してやったという顔で私を笑った。 「慧音先生にこんな酷いことをされたって、言いふらしてやる」 彼らの誰かが、そう言った。 いつしか彼らは少年をひきつれて消えていった。 やりすぎてしまったのか。いきすぎた体罰だったか。 罪悪感から、胸が痛む。 花屋の娘が、私を呼んだ。 「慧音先生は、全然悪くないよ……」 私は、娘を撫でて安心させてやった。 しかし私自身が、娘の泣き顔から不安に襲われた。 それから。少年とその友達らの親と思われる里の人々が押し寄せた。 彼らは私を非難した。 やれ家の息子に怪我をさせるなんて、酷い先生だ。 やれ妖怪の類が教鞭を取るなんてやはり危険だ。 やれ自分の娘まで体罰と称して暴力を受けるんじゃないか。 彼らの主張は根も葉もない嘘だ。と思いたかった。 だが反論はしなかった。彼らの主張を受け入れた。 彼らの満足する方法で、わたしを罰してしまえば満足するだろう。 そう思って、耐えるしかないと思った。 里の自警団が私をしばしの間、軟禁すると言ってきた。 私に逆らう権利はない。自警団に言われるがまま、里のある小屋につれていかれた。 花屋の娘が、口を歪ませた泣き顔で言う。 「先生、どうなるの?」 少しの間、授業をお休みにするだけだ。そう言って、娘をあやした。 遠くに、例の少年とその友達らがいた。笑って、一部始終を見ていたようである。 私は罠に嵌められたと思っていいのだろうか。 それとも、私は本当に間違ったことをしたのか。行き過ぎた体罰をしたというのか。 寺子屋の教師として過ちを犯したのというのだろうか。 もし間違っているというのならば、なぜ花屋の娘は泣くのか。 なぜ他の生徒達も、わたしを見て目を潤ませるのか。 ──覚えていろ。あの少年達をなかったことにしてやる。 後日談。 三日ほどして、私は釈放された。 その間に、あの少年達には消えてもらった。 寺子屋の門を開くと生徒たちが待っていたのか、一斉に飛び出してきた。 生徒たちの歓迎に、思わず顔が綻びる。やはり私は正しかったのだ。 さっそく授業を始めた。 あの少年とその友達らはもういない。いや、初めからいないことになってもらった。 この世に生まれていないことにしたのだ。彼らが生まれた歴史を食いつぶして。 授業を終えたあと、珍しく妹紅が来た。 私は三日前のことを話した。 不良な生徒のこと。体罰を与えたらその生徒が倒れたこと。 それは少年とその友達らが組んだ罠で、私を陥れようとしたことだということ。 三日間閉じ込められたこと。その間に、その少年らを消したこと。 「いくらなんでも、もっとやり方はあったんじゃない?」 妹紅は私のしたことの結果が気に入らないのか。あからさまな不快感を口にした。 それはつまり私がしたことは間違いであるということ。 事を知らない妹紅が、客観的に見て思ったこと。 私は何も言えなくなった。 それ以上妹紅があれこれ言うようなことはしなかったが、後ろめたい気持ちにまた苦しむ。 妹紅に謝りたい気持ちはあるが、そうしたところでどうにもならない。 だから私は、それ以上何も言えなくなった。 --------------------------------------------- 当サークルでは気に入っていただけた作品への投票を受け付けています。 よろしかったらご協力ください。時々投票結果をチェックして悦に浸るためです。 └→投票ページはこちら(タグ系が貼り付けられないため、外部ブログになります) |